甲状腺疾患

女性に多い甲状腺の病気

甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症

ホルモンの異常によるさまざまな病気の中で、圧倒的に女性に多いとされているのが甲状腺の病気です。
のどぼとけの下にある甲状腺は、甲状腺刺激ホルモンの刺激を受け、エネルギー代謝や発育などにかかわるサイロキシン(T4)、トリヨードサイロニン(T3)というホルモンを分泌しています。
これらのホルモンが過剰になると動悸や倦怠感、手指のふるえや多汗、暑がり、痩せるなどの【甲状腺機能亢進症】が、逆に減少するとむくみや皮膚の乾燥、気力がなくなる、寒がりや肥満、言動が緩慢になるなど【甲状腺機能低下症】の症状が現れます。

甲状腺の病気は、初期段階では自覚症状に乏しいことも多く、他の症状で受診し、 甲状腺の病気であると診断される人も多いようです。
その診断は問診や触診、血液検査や超音波などによって診断します。

バセドウ病(甲状腺機能亢進症)

甲状腺機能亢進症の代表的な病気としては、まず「バセドウ病」が挙げられます。
この病気は20~30代の女性に多く、遺伝的要素、ストレスなどの外的要素が発病に関与しているとも言われています。
しかし、直接的な病因は、何らかの原因により、甲状腺を異常に刺激する抗体 (TSH受容体抗体)が作られ、甲状腺を休むことなく刺激し続け、その結果、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されてしまうという「自己免疫疾患であると考えられています。

症状

この病気の特徴的な症状は甲状腺の腫れ、眼球の突出、頻脈ですが、食欲旺盛なのに痩せる、心臓がドキドキする、手指がふるえる、暑がりになる、異様に汗をかくなど、病気の進行に伴って、さまざまな症状にみまわれます。
疲れやすい、神経過敏となりイライラするなどの情緒不安定も バセドウ病によくみられる症状なのですが、そう頻繁にみられる病気ではないうえに、たとえ病気であってもそれを自覚していない人が多いため、なかなか周囲の理解を得られずに人間関係の摩擦に悩む人も多いようです。

治療方法

この病気の治療法は、抗甲状腺薬を内服する治療と、甲状腺を切除する手術療法、そして、放射性ヨードを飲むアイソトープ療法とがあります。いずれの治療法もそれぞれメリット、デメリットがあります。

当院では患者さんの体質や病気の状態を詳しくお話した後、インフォームドコンセントによって最適な治療法を選択しています。
この病気は完治しない病気ではありませんから、体の不調を自覚したなら、ぜひ早めに受診し、適切な治療を受けていただければと思います。
また、現在治療中で、妊娠を希望される方は、一度専門医にご相談ください。

表を左右にスワイプしてご確認ください。

  長所 短所 適合する方
抗甲状腺薬(ATD)
  • 適応が広い
  • 外来で治療可能
  • 不可逆性の機能低下にはならない
  • 副作用の頻度が高い
  • 治療期間が長い
  • 寛解率が低い
  • 手術やRI治療を嫌がる方
  • 比較的甲状腺腫が小さく機能亢進が軽度の方
  • 若年の方
アイソトープ治療(RI)

機能低下を目指した治療

  • 非侵襲的で反復できる
  • 外来で可能
  • 確実性高い
  • 妊娠中・授乳中は禁忌
  • 18才以下は禁忌
  • 生涯にわたる甲状腺ホルモンの補充が必要
  • ATDの副作用が出た方やATDでコントロールできない方
  • 心疾患や精神疾患のある方
手術療法(全摘)

機能低下を目指した治療

  • 早期に確実に治癒
  • 大きな甲状腺腫を除去できる
  • 入院が必要
  • 反回神経麻痺や副甲状腺機能低下症を合併する可能性あり
  • 生涯にわたる甲状腺ホルモンの補充が必要
  • ATDの副作用が出た方やATDでコントロールできない方でRI治療を希望しない方
  • 甲状腺腫瘍合併例

各々の治療法の注意点

〈1〉薬物療法(抗甲状腺薬ーメルカゾールとプロパジール)

  1. メルカゾール(MMI)、プロパジール(PTU)どちらも開始後3ヶ月は2週に1回の通院が必要です。通院の度に白血球数及びその分画(好中球%)と肝機能の採血が必要です。なぜなら、この時期に無顆粒球症(自覚症状は扁桃炎や高熱など)や肝障害などの重大な副作用が好発するからです。無顆粒球症は採血では予測できないこともあり、発症すれば無菌室などへの入院治療が必要です(免疫低下し易感染性)。
  2. PTUに頻度の多いANCA関連血管炎症候群(発熱、腎障害、血痰、関越痛、紫斑などの症状あり。)は服用後のいつの時期にも発症する可能性があります。このため、受診の度に尿検査で潜血や蛋白をチェックしておいた方が無難です。
  3. 副作用の頻度はPTUに多く、効果もMMIの方が強いため、妊娠中や授乳中を除けば、飲み薬の第一選択はMMIです。

    小児バセドウ病にPTUは原則禁止ー重篤な肝障害の頻度が多いため。

  4. MMIは妊娠初期に服用すると頭皮欠損、臍帯ヘルニア、臍腸管異常、食道閉鎖、後鼻孔閉鎖などの特殊奇形が増えると言われ、妊娠15週までは避けるべきと思われます。PTUはMMIに比較して、妊娠初期でも催奇形性の発症頻度は少ないです。
  5. 授乳に関してはPTUは1日6錠まで服用可能ですが、MMIは母乳中へ移行しやすく1日2錠までが限度です。バセドウ病の方は原則、人工栄養でも哺育できるようにした方が宜しいかと思います。

〈2〉アイソトープ治療(放射性ヨード内用療法)

  1. 妊娠中の方や授乳中の方は禁忌です。またアイソトープ治療後6ヶ月間は避妊が必要です。さらに18才以下の方は原則禁忌です。
  2. 治療後、ホルモンが変動して不安定となるため、可能であれば妊娠は2年経過してからが望ましいと思います。
  3. TSHリセプター抗体が高値(第1世代で50%以上、第2・3世代で10 IU/L以上)の方は治療により更に上昇し、その後の妊娠で胎児甲状腺機能亢進症や新生児甲状腺機能亢進症を発症する恐れがあります。このため可能であればアイソトープ治療は避けるべきです。
  4. バセドウ病眼症(眼球突出、複視など)を合併されている方は増悪の危険性があり原則的には禁忌です。

〈3〉手術療法

反回神経麻痺(嗄声)、副甲状腺機能低下症(低カルシウム血症)、出血などのリスクがありますが、熟練した外科医ならばその可能性も低いと思われます。術前にヨード製剤を服用し甲状腺血流を減らしサイズを縮小してから手術を行います。早期の機能改善を望むのであれば、1番確実な方法と思われます(スポーツ選手や妊娠を急ぐ場合などには良い方法)。

橋本病(別名:慢性甲状腺炎)

甲状腺機能低下症をおこす代表的な病気として「橋本病」があります。橋本病は、甲状腺に慢性的に炎症が起こる病気です。
この病気を発症する人の90%以上は女性で、40~50代の女性に多いと言われていますが、 若い女性にも少なくありません。
その原因については、バセドウ病と同様に、自己免疫疾患であると考えられています。

症状

主な症状としては、全体的な甲状腺の腫れと機能低下に伴う症状です。
橋本病は、ゆっくりと進行するため、病気に気づかず過ごす人が多いようです。
しかし、早期に治療すれば重症になることはありません。

治療方法

甲状腺の機能低下が認められなければ治療はせず、一年に数回、検査を受け、経過を見守ります。すでに機能低下している場合には、甲状腺ホルモン剤を継続的に服用します。

妊娠希望の方や妊娠中の方を除き、一般的にはTSH (甲状腺刺激ホルモン)10μU/ml以上の時が治療開始の目安です。

出産後の2~4か月くらいの間に、甲状腺組織が破壊されて甲状腺ホルモンが血液中に漏出し一時的にホルモンの増加をきたす、無痛性甲状腺炎を合併することがありますので、御注意ください。
橋本病の方の甲状腺腫が急速に腫大したり、しこりが新たに出現した場合には悪性リンパ腫の合併の可能性があり、早めの受診をお勧めします。

妊娠時の注意

橋本病の方は妊娠時には甲状腺ホルモンの厳格な管理が必要と言われています。非妊娠時には放置して良いような極く軽度の機能低下でも妊娠合併症や流産などのリスクを増やすと考えられています。このためTSH(甲状腺刺激ホルモン)を、妊娠第1期(14週まで)は0.4~2.5μU/ml、第2期(28週まで)・第3期(出産まで)は0.4~3.0μU/mlにコントロールする必要があります。これらの目標は妊娠前から既に甲状腺ホルモンの補充を受けている方でも無治療の方でも共通です。実際の対応は以下の如くです。

  1. 妊娠希望のある方は妊娠前から必要に応じて甲状腺ホルモンを補充しTSHを2.5以下にしておく。
  2. 妊娠判明時は直ちに受診しTSHなどを測定し甲状腺ホルモンの補充量を調節する。以前から服用中の方は一般的には1.3倍程度に増量する。
  3. 妊娠20週までは4週ごとに採血。妊娠30週前後でもう一度採血。これらの時点で補充量を再調整。
  4. 出産後は補充量を妊娠前にもどし、産後6週で採血。

以上、煩雑でありますが、御理解ください。

結節性甲状腺腫

甲状腺には良性腫瘍である[腺腫][嚢胞][腺腫様甲状腺腫]、悪性の腫瘍である[がん][悪性リンパ腫]など、さまざまな腫瘍が発生しますが、これらを総称して[結節性甲状腺腫]と呼んでいます。
これらはしこりがあるだけで他の自覚症状はさほどないのが特徴です。
そのうちの約80%は良性の腫瘍で、多くの場合、定期検査と経過観察するだけで 治療の必要はありません。しこりが大きい場合には、そのしこりを小さくする目的で、甲状腺ホルモンを 服用したり、針を刺して嚢胞液を抜く治療や手術治療を施すこともあります。

また悪性腫瘍であってもそのほとんどは発育の遅い[乳頭がん]で、早期であれば手術治療により完治可能です。しかし、高齢者に多い[未分化がん]の場合には、進行がとても早く、予後不良です。

しこりが認められた場合には、まず、超音波検査を行い腫瘍の状態を調べます。
腫瘍の大きさによって経過観察することもありますが、当院では腫瘍に針を刺し、細胞を採取して顕微鏡で調べる甲状腺穿刺吸引細胞診を行っています。
この診断方法は、外来でも簡単に調べられ、患者さんの苦痛もほとんどありません。

穿刺吸引細胞診に関しての注意

1回の細胞診で良性、悪性(癌)が全て判断できるわけではありません。穿刺部位の問題(針を刺したところが適切でない場合)や採取細胞数が少ない場合などは複数回繰り返す必要があります。

また元来、細胞診では鑑別困難な濾胞性腫瘍(濾胞癌と濾胞腺腫を含む)があります。濾胞癌は手術標本で皮膜浸潤や脈管侵襲などが認められた際に診断されます。濾胞性腫瘍は細胞診で鑑別困難(以前のクラスⅢに相当)と診断されます。このため、腫瘍の大きさや増大傾向にあるか?、サイログロブリン値、エコー所見(腫瘍内血流)などを総合的に判断して手術適応を決めます。

〈甲状腺悪性腫瘍の比較〉

表を左右にスワイプしてご確認ください。

  悪性腫瘍中の割合 特徴や診断 治療 予後
高分化癌 乳頭癌 90%以上 エコー、細胞診(95%以上)での正診率が高い。
発育は緩徐で予後は良好。リンパ節転移しやすい。放射線被曝で発症リスク増加(特に若年)。
手術 ± 術後補助療法(TSH抑制療法、放射性ヨウ素内用療法) 10年生存率
約95%
濾胞癌 約5% 細胞診では良性腫瘍(濾胞腺腫)との鑑別困難。リンパ節転移や局所浸潤は稀だが、時に肺や骨への遠隔転移あり(広汎浸潤型)。 手術 ± 術後補助療法(TSH抑制療法、放射性ヨウ素内用療法) 10年生存率
約85%
未分化癌 1~2% 分化癌が未分化転化して発症。高齢者に多く急速進行性で予後不良。急激に増大し局所の発赤・放散痛や発熱、倦怠感、体重減少等を伴う。 集学的治療(手術+放射線外照射+化学療法)、緩和ケア 1年生存率
20%以下
髄様癌 1~2% カルシトニンとCEAが有用な腫瘍マーカー。40%が遺伝型で常染色体優性遺伝。RET遺伝子検査が必須。遺伝型は多発性内分泌腫瘍症(MEN2型)の1要素である可能性あり。 手術(遺伝型では多発性の可能性あり全摘。褐色細胞腫合併例はそちらの治療を優先) 10年生存率
約75%
悪性リンパ腫 1~5% 橋本病(90%に合併)を有する中高年女性に好発。急激に増大する前頚部腫瘤。診断には細胞診+生検が必要。ほとんどがB細胞由来。 放射線外照射療法 ± 化学療法 5年生存率
限局期 約80%
進行期 約40%

腺腫様甲状腺腫

結節性甲状腺腫(甲状腺にしこりができる病気)のなかで最も頻度の高い疾患です。
厳密には腫瘍でなく(つまり良性)、甲状腺組織の過形成が多発した状態と言われています。
結節が多発した状態を「腺腫様甲状腺腫」、結節が単一のものを「腺腫様結節」と言いますが、病態は同じです。
手術例の約10%に甲状腺癌(微小癌を含める)を合併するといわれますが、一般の方と比較して特別に多い訳ではありません。
また長期の経過で結節が自律性に甲状腺ホルモンを産生し機能亢進状態になる「中毒性多結節性甲状腺腫」に移行することもあります。
その他、頻度は稀ですが、甲状腺が著しく腫大し、縦隔内に伸展し静脈や気管の圧迫症状(上大静脈症候群や呼吸困難・喘鳴・咳)を呈することもあります(縦隔内甲状腺腫)。

症状

甲状腺のしこり。多発するものでは甲状腺全体が腫れる。著しい腫大では上記のような圧迫症状も出現。

診断方法

甲状腺エコーで多発結節(石灰化、嚢胞変性など多彩な変化あり)を確認。
癌の合併が疑われる部位にはエコー下での穿刺吸引細胞診。
甲状腺中毒症の有無を確認する目的と癌の潜在を調べるために甲状腺ホルモン及びサイログロブリン値(1000ng/ml以上ないか?)を採血。
ホルモン高値ならば放射性ヨードやテクネシウムの甲状腺摂取率・シンチグラムで自律性結節の存在を確認。
縦隔内甲状腺腫が疑われる場合は頚部・胸部CT。

治療方法

癌の合併、圧迫症状が強い場合、縦隔内甲状腺腫の場合、御本人の整容的な問題などでは手術療法(甲状腺準全摘術や全摘術)が選択されます。
「中毒性」の場合は状況により、薬物(抗甲状腺薬)、手術、放射性ヨード内用、経皮的エタノール注入療法(PEIT)などを選択します。

亜急性甲状腺炎

ウイルス感染が原因と推測され甲状腺に炎症がおこり、発熱や甲状腺が腫れ、強い痛みを伴います。また甲状腺組織の破壊により血中に漏れ出た甲状腺ホルモンが過剰となり甲状腺中毒症の症状が見られることもあります。

症状

甲状腺の腫れと痛み、発熱、動悸や手指振戦などの甲状腺中毒症状

診断方法

採血によりCRPなどの炎症反応高値、甲状腺ホルモン高値を確認。
甲状腺エコーにて腫れと痛みに一致する低エコー領域を確認。

治療方法

ステロイド(プレドニゾロン)を減量しながら2~3ヶ月服用します。
結核、糖尿病、ウイルス性肝炎や胃潰瘍などステロイドが使用しにくい状況では消炎鎮痛剤を投与したり、無治療で経過観察することもあります。

甲状腺嚢胞の急激な増大や甲状腺腫瘍内の出血などで紛らわしい症状が出ることがありますが、エコーなどで鑑別可能です。

無痛性甲状腺炎

亜急性甲状腺炎と同様に甲状腺の組織が一過性に破壊され、蓄積されていたホルモンが多量に血中に漏れ出てきて甲状腺中毒症の症状(動悸、手指振戦、発汗過多、体重減少など)をおこします。
甲状腺に痛みを生じないことから「無痛性」と命名されました。破壊の原因は甲状腺に対して自己免疫反応が過大になったためと推測されています。
基礎疾患に橋本病を持った方が多いですが、バセドウ病の方や甲状腺関連自己抗体陰性の方にも発症することがあります。
誘因に出産、ステロイド薬の中止、インターフェロン治療、ストレス、花粉症、ゴナドトロピン分泌ホルモン誘導体治療などがありますが、誘因不明の場合が多いようです。
自然経過としては中毒症の期間が2~8週、その後の一過性甲状腺機能低下の期間が4~10週で回復期に入ります。一部には永続的な甲状腺機能低下に移行する場合があり、1~2ヶ月ごとの甲状腺機能検査が必要です。

症状

甲状腺中毒症の症状(バセドウ病の症状とほぼ同じ)とびまん性甲状腺腫(甲状腺が全体的に腫れる)

診断方法

バセドウ病との鑑別が重要ですが、専門医でも判断に迷うことが時々あります。
TSHリセプター抗体(バセドウ病で陽性になる甲状腺の刺激物質)が無痛性甲状腺炎では一般的には陰性です。
甲状腺エコーでバセドウ病は血流増加を示しますが、無痛性甲状腺炎では中毒症の時期には血流は多くありません。
可能であれば放射性ヨード甲状腺摂取率やテクネシウム摂取率・シンチグラムで甲状腺へのアイソトープの取り込みをみます(一番確実な検査だが、時間がかかり高価。妊婦や授乳婦には禁忌。)。
バセドウでは取り込みが増加し、無痛性では低下します。

治療方法

治療は原則的には行いません。上記のように自然寛解することが多く、中毒症の症状もバセドウ病に比べると軽度の事が多いからです。中毒症の症状が強いときはベータ遮断薬やステロイド薬を、機能低下が永続する場合には甲状腺ホルモン製剤を投与します。

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